訪問レポート|インテリアから始める住まいづくり

こんにちは。アイトリブの藤原です。
つい先日11月になったかと思えば、月も終わりに差し掛かろうとしています。あっという間に年明けを迎える気もしますが、2025年残りの日々もできる限り心残りがないように過ごしたいと思います。

(2024年11月 福武トレス“Fサロン”と半田山)
だいぶ間が空きましたが前回の岡山のおすすめスポット紹介に続き、今日は岡山市内にある「福武トレス」をご紹介します。岡山駅から北へ車で約15分、大学のキャンパスや閑静な住宅地を抜けた先に見える“雑木の自然風庭園”。
半田山の懐に抱かれるようにして佇むその場所は、1985年に福武書店(現:ベネッセコーポレーション)創業者の福武哲彦氏が着想以来10年をかけて完成させた「福武書店迎賓館・庭園」を復元させることから始まりました。
見どころが多すぎてついつい長文になりそうですが、今日は特に印象深かった庭のことを中心に書いてみます。
冒頭でも触れましたが、福武トレスは「福武書店迎賓館・庭園」の復元に合わせて園内に新エリアを加えて拡張し、2023年に「時の庭」としてよみがえりました。
園内はスタッフの方がガイドをしてくださり、ツアー形式で1時間ほどかけて全体の見学ができます。また近隣の大学からは、建築学科の生徒さんも勉強のために来られており案内のお手伝いをされています。
最初に訪れたのは、今回のプロジェクトの起点となった元迎賓館・庭園の「Fサロン」です。格式ばらないデザインが特徴の伝統的な数寄屋造りと、“雑木の庭”の第一人者である作庭家小形研三氏による雑木の自然風庭園。自然と自由を愛した哲彦氏が安らぎの時間を過ごし、ときには客人をもてなし夢を語り合うために生まれた場所です。

(左:2024年11月 Fサロンから眺める庭/右:漆とシルバーで描かれた輪違紋、引手は本桑)
室内には霧島杉を使用した天井や飾り柱の桜、希少な熊本産のい草を用いた畳。そして欄間に施された桐紋、矢羽根模様に編まれた網代天井など、厳選された素材や趣向を凝らした意匠が随所にみられます。
今では手に入らない材料や修復の難しい仕上げなど、お話しを聞けば聞くほど細部まで抜かりない…風格ある建物はどこか緊張感も漂いがちですが、不思議と初めて訪れた瞬間からあたたかく迎え入れてもらえたような気持ちになりました。
建物と庭、哲彦氏と小形氏は互いに理解を深めながら当時この場所をつくり上げていったそうですが、主座敷から柱に隠れるようにして見える立派なクロマツ(哲彦氏のこだわり)は二人の攻防の末に行き着いた案とのこと。そんなユーモアのあるエピソードも聞くことができ、居心地の良さは人柄や物語が表れた空間からくるものなのかもしれないと思いました。


(正面入り口から見た様子 上:2024年11月/下:2025年3月)
写真の左手には、木の影に隠れるようにして佇む「Fギャラリー」が。こちらでは、“厳選主義”の哲彦氏が当時集めていた美術品や愛用品が並べられています。

(Fギャラリー内 左:哲彦氏が愛用していた初代イームズチェア/エミール・ガレの茶入れ)
本物がまとう空気を肌で感じられるようにガラスケース等はなく、手で触れられるほどの距離感に。以前美術館で見たエミール・ガレの作品も、(十分に注意しながら)鼻先があたりそうなくらい近くで見ることができました。
作品主体で設計された建物は、落葉樹を中心とした重層的な植栽のなかで葉が落ちるとともに姿をあらわし始めます。

(左:2025年3月 春を待つ木々に囲まれたFギャラリー/右:2024年11月 Fギャラリー外観、足元には繊細な瀧が流れる)
周辺の木々との並びを意識し、幹の太さに寄せた358本の柱。限りなく透明な全面ガラスの壁や、半田山の稜線に沿うよう不等辺三角形を連結させた独特のフォルム。建物の外観をどこまでも希薄にすることで“森に溶け込む建築”とし、一体が自然空間となっています。
また工事も自然を尊重しながら、基礎→岩などを配置→建物→植栽とサンドイッチ的な工程で進められたそうです。Fギャラリーの足元を流れる瀧などを考慮し、高さの見直しもされています。地面から浮遊したような床下にはスペースが生まれ、水や風の通り道になり、虫や小動物の棲み処にもなっているそうです。
地をできる限り傷めず、もとあったものを生かす。決して“建物ファースト”ではない関わり合いのなかで、導かれるようにして形づくられた建築だと感じました。

(福武トレス 公式インスタグラム Fギャラリー上空より)

(福武トレス 公式インスタグラム お昼寝中のトラさん)
たくさんの見どころがある福武トレスですが、要となっているのが“庭”でした。この場所で過ごす人たちへの働きかけと、点在する建物同士をつなぐ役割。
Fサロンの原型である数寄屋造りは、訪れた人々をもてなすだけでなく、哲彦氏も自宅としてくつろぎ英気を養うための場所でもありました。
その作庭を任された小形氏も「住まいの庭は住む人にとって美しく、くつろげる空間でありたい」という信条をもち、自然をこよなく愛す二人の思いが響き合い、建物と庭が見事に調和しています。

(福武トレス 公式インスタグラム Fスタジオ)
また福武トレスには、3つの建物が点在しています。FサロンとFギャラリー、そして「Fスタジオ」。ご息女である福武美津子氏の「山すその家(2005年竣工)」と呼ばれたかつての住まいが、イベント開催時に交流の場として開かれています。
当時ご家族で食卓を囲まれていたときの記憶が心に残り、現在も食に関わるお仕事をされている美津子氏。建物内には開放的なキッチンやダイニングスペース、庭にはたくさんのハーブが植えられた洋風の空間となっています。
成り立ちや時代、様式の異なる建物の個性をしなやかに繋いでいるのが、借景となる半田山と、その自然を取り込んだ雑木の庭です。

(2024年11月 左:初冬の装いの石畳/右:Fサロンの月見台から池を眺める)
門をくぐるとさまざまな樹木や草花、石、水など、たくさんの自然物が訪れた人々を導くように配置されています。わずかな大地の起伏やそれぞれの建物へのステップもリズムをつくり、心のままに散策を楽しむことができました。
咲いては枯れて、苔が生したり色が変わったり。環境に応えながら柔軟に変化する自然なものだからこそ見る人の心の機微に寄り添い、その場所で過ごした記憶がより鮮明に残り続けるのではないかと思います。

(2024年11月 Fギャラリーより正面入り口に向いて)
哲彦氏の最後の夢であった数寄屋造りと雑木の庭を残したいという美津子氏の思いから始まった「福武トレス」。
建築家や庭師、今回のプロジェクトに関わる全ての方々がその思いを汲まれ、当時の様相を単純に再現するのではなく現代的な解釈をしながら復元を果たされた“時の庭”です。
ふたたび時を進め始めたこの庭は、福武家の思い出の地でありながら訪れた人々にとってもどこか懐かしさを感じさせる日本人の原風景のような、きっと静かに心と向き合える場所だと思います。

(2024年11月 ツワブキの花)
案内をしてくださったスタッフの方のお話しを聞きながら園の空気を体感していると、「本物を見る」ことを伝え続けた哲彦氏の思いの一片にふれられたような気がして、この場所を訪れた意義を十分に感じました。
特に感銘を受けた庭は、写真では平面的になってしまい奥行き感までお伝えすることがなかなか難しいそうで、たしかに実際に現地を訪れたときの感動は想像以上でした。(それで二度伺いました。きっとまた行きます。)
スマートフォン一つで簡単に情報が手に入る時代であっても、これからも自分の意思で足を運んで、目で見て肌で感じ、生きた声を聞くことは忘れずにいたいです。
何かと忙しい年の瀬も目前ですが、もし少しでもお時間ができましたら静かな自然のなかで今年の出来事を思い出しながら、ご自身のことをぜひ労っていただきたいです。 また来年も素敵な場所をご紹介できるように、引き続き岡山散策を楽しみます。
福武トレス|時の庭
〒700-0080 岡山県岡山市北区津島福居二丁目5番6号
※事前予約制のため、営業日や詳細はホームページをご確認ください。
https://fukutaketres.com
